[1]甲子園球場はかつてタヌキやキツネの棲家だった
甲子園球場がある付近はかつて、近くを流れる武庫川から分かれた枝川と申川(さるかわ)という2つの川が流れる川原だった。
20世紀初頭、武庫川は大雨が降るたびに洪水を起こし、周辺住民を悩ませていた。そこで、兵庫県は1920年に洪水対策として、武庫川の改修工事に着手。その工事により枝川と申川は埋め立てられることになった。広大な埋立地となった一帯は、しばらくタヌキやキツネの棲家となっていたという。22年、阪神電鉄は沿線開発のため、この土地の払い下げ契約を締結した。
翌23年、当時鳴尾球場で行われていた第9回全国中等学校優勝野球大会の準決勝で、押し寄せた観客がグランドになだれこみ、試合が中断する事件が起きた。これに対応するには、新たに大規模な新球場を作らなければいけない。阪神はこの土地に新球場を作ることを決断。同年11月28日、開発の第1弾として新球場の建設計画がスタートを切ったのである。
【補足トリビア】
(1)阪神電鉄の開発計画は当初本線北側に住宅地、南側にレジャー施設をそれぞれ整備するものだった。
(2)新球場は南側の旧枝川と旧申川の分岐点付近に建設された。(右上地図参照)
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