[THP 熱闘!高校野球]へ戻る TOP新・高校野球リポート>山内佑利子
新・高校野球リポート THP blog・甲子園特集

山内佑利子−やまゆりMemories
 ここは1997年(第79回大会)夏の甲子園の開会式で、初めて高校生で司会進行を務めた山内佑利子さんを紹介します。THPが独自に追いかけた10年間。高校野球を愛し、甲子園で輝いた山内さんの軌跡をたどります。

1997.8.8 第79回全国高校野球選手権大会開会式
1997夏の甲子園開会式  それを知ったのは、大会が始まる数日前のことでした。この夏の大会から甲子園の高校野球大会の開会式・閉会式の司会進行を、現役の高校生が務めることになったのです。司会はNHK杯全国高校放送コンテストで上位に入賞した兵庫県内の高校生から4人が選ばれ、初めて甲子園の大舞台を仕切ることになりました。
 そして開会式の行なわれる当日、私も朝一番で甲子園球場に駆けつけました。開会式はここ10年ほどほぼ毎年甲子園で見ていて、夏の恒例行事という感じになっていました。ただ去年までと違うのは、司会進行用のマイクのところに高校生2人が立っていたことです。まだ開会式には時間があって、最後のチェックをしていました。開会式の司会は男女2人。男の子の方はいかにも普通の高校生の格好。一方、女の子の方はキャペリン型の白い帽子に、白いワンピースに黒いベルトでスカートが長いという、遠くからでも十分に目立つ格好(地元では有名な松蔭高校の制服なのですが)でした。そう、その女の子こそが当時高校3年生で17歳の山内さんだったのです。当時は山内さんのことなど当然知りませんでしたが、高校生司会の最初ということで、わざわざ目立つ人を持ってきたのかもしれません(もちろん山内さんは、全国高校放送コンテストのアナウンス部門で2年連続入賞という申し分ない実力でした)。
 午前9時、いよいよ開会式がスタート。開会を告げるアナウンスは山内さんが務めました。「只今から、日本高等学校野球連盟・朝日新聞社主催、第79回全国高等学校野球選手権大会の開会式を行ないます」…第一声から堂々たるアナウンスぶりでした。甲子園の球児や大観衆を相手に、17歳の女の子は確かに輝いていたのです。ミスらしいミスも全くなく約45分のセレモニーが終了。自分にとってかなり衝撃的な開会式でした。
 数日後、たまたまネット裏で観戦していた山内さんを見かけました。小さい頃から高校野球が好きで、この夏もよく観戦していたとの噂。球児のプレーに拍手や歓声を送ってた姿は、開会式のときとは違って普通の女子高生という感じでしたが、気のせいかここでもやっぱり輝いていました。

2001.3.25 第73回選抜高校野球大会開会式
MBS「めざせ!甲子園」より  あの開会式から3年、山内さんが甲子園に帰ってきました。関西学院大学に進学後、勉学の傍ら関西のテレビやラジオにリポーターなどで出演を重ねて(私は見ることができませんでしたが)、2000年10月からはMBSラジオの「めざせ!甲子園」という番組のナビゲーターに抜擢されました。
 「めざせ!甲子園」はその名の通り、センバツ高校野球の情報を伝える番組で、週1回で夕方の15分間と短い枠ではありましたが、甲子園を自分の「宝物」と言い切る山内さんにとってうってつけの番組でした。山内さんは球児にインタビューをしたり、またナレーションもこなしたりと大活躍。関東でも秋〜冬の夕方はMBSの電波が入ったので、私も感度のいいカーラジオで聴ける週は必ず聴いていました。
 翌年春「めざせ!甲子園」のホームページ上で、センバツの開会式で山内さんがMBSラジオのリポーターで出演するということを知りました。これは行かなくては!(これだけが目的ではありませんが)ということで、開会式の日に合わせて関西に行くことになりました。
 開会式当日の朝、外は雨。本当に開会式や試合ができるのかなという状態でしたが、予定通り行なわれるとのこと。夏はほぼ毎年甲子園で観戦していますが、春は実は12年ぶり。そういえば前回の春も雨に悩まされたっけ…。そうして開会式のスタートを待っていると、リポートに備え準備をしている山内さんを発見! 前は純白の制服でしたが、今回はあざやかな真っ赤なコートを着ていて、やっぱり目立っていました。
 私は当然ポケットラジオ持参で、開会式を楽しみながら山内さんのリポートを聴いていました。最後は予定していた球児へのインタビューが雨とファンの混雑でできなかったそうですが、3年半前に比べてアナウンス技術が確実に進化していて、一回り成長した様子がうかがえました。本当は「おつかれさま」と声の一つでもかけたかったのですが、まあ状況的に無理だったので心の中で「おつかれさま」と言いました。

2004.11.28 マスターズ甲子園2004
 山内さんは大学を卒業し、フリーアナウンサーとしての道を歩みはじめました。CATVの番組にレギュラー出演(下記項目参照)するなど、定期的にその姿を見られるようになる一方で、頻繁に母校・松蔭高校の放送部を訪れたり、2004年には夏の甲子園初日に、開会式の司会担当の高校生を激励しに甲子園に行ったりと、後輩への指導も熱心に行っていたそうです。
 「原点は甲子園」そう言っていた山内さんが、3たび甲子園の大舞台に戻ってきました。元高校球児たちがもう一度甲子園への夢を叶えるための大会「マスターズ甲子園」の記念すべき第1回大会、その司会進行役を山内さんが務めました。あの開会式から7年、センバツのリポーターからは3年半、偶然にもちょうど等間隔のブランクでの甲子園です。
 私はマスターズ甲子園のスタッフの方の紹介でこの大会の存在を知り、「なかなか面白そうな大会だな」と興味を抱いて、夜行高速バスで当日朝甲子園に駆けつけました。実は甲子園に着いた時点では、山内さんが参加していることは知らなかったのです(参加していたらいいなくらいは考えていましたが)。中に入ると開会式の準備中。そして、司会用のマイクスタンドの側に見たことのある姿が…! それが誰か分かった瞬間、言葉が出ないくらい驚きました。偶然? 運命?(←言い過ぎ)
 開会式は山内さんのアナウンスで幕を開けました。まさに7年前の夏の再現です。スタンドは超満員…ではなかったものの、球児OBで埋まったグラウンドの熱気そのものは当時と変わらないものでした。山内さんは開会式だけではなく、要所要所での進行や閉会式まで担当。いつものように落ち着いたアナウンスで、産声をあげたばかり大会の盛り上げに一役買っていました。また、大会を取材に来ていた後輩にあたる松蔭高校の放送部員に対して、優しくアドバイスをする光景も見ることができました。

※山内さんは2008年現在までずっと「マスターズ甲子園」に参加しています

2003.4.1~2005.3.31 「ええとこ!わがまち30分!!」
ええとこ!わがまち30分!! 山内さんは2003年4月から、J-COM Broadband 関西の地域情報番組「ええとこ!わがまち30分!!」(2003年6月までは「J-COM Broadband 情報局」)に出演していました。吉本真樹氏(写真右)とともに関西のあちこちに出没して、相変わらずの笑顔で番組に華を添えてきましたが、残念ながら2005年3月を持って番組は終了し、同系統の新番組も別の出演者に交代となりました。

Link & Movie リンク&動画
 ここ数年、山内さんの活動状況について正直良く把握していなかったのですが、2007年頃から印刷事業を中核とする企業グループ・廣済堂のメディア企画部にタレントとして所属しているようです。廣済堂のサイトには立派なプロフィールが載っています。その他にも、ネットで配信されている山内さんが出演している動画なども見つけましたので、まとめて「リンク&動画」として紹介させて頂きます。
廣済堂スタジオビル−山内佑利子プロフィール
 現在所属している廣済堂の山内さんのプロフィール。これだけ詳細なプロフィールがネットに乗るのは初めてでしょう。サンプルボイスも8種類配信。ファンならば全部聴くべし。
三田市ビデオライブラリー−輝き三田
 J-COM関西で放送されていた三田市広報番組「輝き三田」。山内さんは2005〜06年にリポーターとして出演していました。
宝塚市−たからづか物語
 2007年に製作された宝塚市の紹介ビデオ。市内の各スポットを山内さんが案内人として訪ねています。
アサヒ軽金属工業
 調理器具等を販売するアサヒ軽金属工業のサイト。同社のインフォマーシャルビデオで山内さんが「料理が苦手な女性」として出演しています。他の映像とのキャラクターの違いも見どころ。
毎日放送(MBS)−森本栄浩の青春甲子園
 スポーツ実況を中心に活躍しているMBSの森本アナのサイト。山内さんとは大学の先輩後輩にあたる関係で、2000年に「めざせ!甲子園」でも共演。現在でも頻繁に山内さんの情報が書き込まれています。森本アナの濃い高校野球リポートも必見。